「言問茶屋」山田王琳(やまだ おうりん)さん
「はじめて食べた日本のパンがおいしくて。」
日本ではじめて食べたパンがおいしくて、パン屋を始めることに。これは、中国から来日した東京にある小さなパン屋さんの物語です。
山手線の鶯谷駅を降りると、言問通りと呼ばれる浅草神社へ続く歴史ある通りがあります。その通りの途中にある天然酵母のパン屋さん「言問茶屋」があります。中国から来日した山田王琳 (やまだおうりん)さんが営業するお店。名前の由来には、言問通りを歩く人たちのちょっとした休まる場所という意味が込められていました。
「近くに住む地元の常連さんがほとんどですが、観光客も訪れます。最近は若い方も多いですね。ユニークなパンだから、SNSを通して足を運んでくれます。」
パンに使用する小麦粉は北海道産小麦粉。色々と試した中で、一番おいしいと思ったのだそうです。また、パンに使用する材料はできるだけオーガニックのものにこだわっています。なぜなら、王琳さん自身が体にできるだけ負担のかからない食生活を心がけているからです。
中国でおばあちゃんが天然酵母を教えてくれた。
王琳さんは中国の東北出身。首都北京から少し離れた秦皇島市というところです。もともと料理をすることが好きだった彼女は、当時は姉とレストランを営業しており、饅頭(まんとう)と言われる中国のパンのようなものを作っていました。
饅頭の作り方はパンと少し似ています。材料は水(または牛乳)と小麦粉、ドライイーストです。パンと同様に製法の過程には一次発酵と二次発酵があります。
「中国にいた頃、おばあちゃんから天然酵母の作り方を教わりました。私の地元では饅頭(まんとう)と言われるまんじゅうが有名で、天然酵母を使用した饅頭を作っていました。とっても美味しいんですよ!」
中国で食べられている饅頭のほとんどはドライイーストを使用したものでした。一方、彼女が作る饅頭は小麦と水で培養した天然酵母を使用します。天然酵母を使用した饅頭の方がおいしいのだと王琳さんは語ります。それがのちに天然酵母を使用したパン屋さんを日本でオープンすることとなるのです。
「日本人の夫と出会い、日本へ移住。」
お店の運営を手伝い、また、王琳さんの日本人の夫でもある山田大人(やまだだいと)さんは、言問茶屋には欠かせない存在でした。彼の手伝いなしではお店を開くことはできなかったと語る王琳さん。彼は中国語が話せるため、普段の二人の会話は中国語で話します。
二人が出会ったのは中国。大人さんは当時、留学で中国に住んでいました。友人のきっかけではじまった二人の交際は、のちに結婚へと発展しました。
そして東京へ移住することが決まった王琳さん。彼女にとって、日本は初めての海外でした。家族と離れて海外へ移住することは、彼女の人生にとって大きな転換期だったでしょう。それでも彼女にとって家族と離れる寂しさ以上に、新しい家族が増える喜びがありました。
「中国の家族は8人、そして夫の家族は7人。中国の家族と離れる寂しさはありましたが、もう一つの家族に出会えると思うと、嬉しい気持ちになりました。新しいお父さんとお母さんにも出会えたし、ワンちゃんもいた!」
日本の家族はとても優しく、中国から移住してきた王琳さんを快く出迎えてくれました。こうして彼女にとって新しい場所、東京での生活が始まったのです。
日本で食べたパンが美味しくて。
国が違えば食文化は大きく変わるでしょう。それでも日本の食はおいしいと海外から賞賛の声があります。王琳さんが感動した日本食、それは海外で人気の寿司やラーメンといった日本特有のものではないかもしれません。
「はじめて食べた日本のパンが本当においしかった。」彼女が感動したのは、日本の天然酵母のパンだったのです。
彼女にとって、日本のパンは中国の饅頭とは異なるおいしさがありました。中国にいた時から天然酵母に馴染みのあった彼女だったからこそ、日本の天然酵母のパンのおいしさに感動したのです。
「日本のパンが本当においしくて。東京にある天然酵母のパン屋はほとんど行ったと思います。」日本のパンの美味しさに気づいた彼女は、毎日のように都内のパン屋を巡るようになりました。そして、日本のパンが大好きになった彼女は「私も作ってみたい!」と思い始めるようになりました。
はじめは饅頭に使用する天然酵母で挑戦しました。しかし、うまく焼くことはできませんでした。「やはり中国のやり方ではうまく行かないんですね。そこから本格的に基礎から学びたいと思い、都内のパン教室で勉強することにしたんです。」
言葉の壁、それでも支えてくれる人がいたから。
現在は日本語を流暢に話す王琳さんですが、来日当初は、もちろん日本語を話すことができたわけではありません。
「当時は日本語が本当に話せなくって。言語の壁はたくさんありました。買い物に行くのにも、とても苦労しました。それでも、私を支えてくれた夫や周りの日本人の方々にとても優しくしていただいて。苦労はあったんですけど、日本が大好きになりました。」
そして、日本のパンに魅了されていく中で、彼女の中で少しずつ「自分でお店を持ちたい」と思い始めるようになりました。
「自分は外国人。日本の方に食べてもらえるだろうか。言葉は通じるだろうか。ちゃんと接客、販売はできるだろうか。」何度も諦めかけたパン屋さんになる夢、それを支えたのは夫の大人さんでした。不安はあったけれど、一人、彼女のパンを「おいしい」と言ってくれる人がそばにいたのです。
「私自身は何度も諦めかけていたのですが、それでも応援する夫がいたから、私はここまでやって来れたのです。」
竹すみを使用した黒いパン。
竹すみを使用したユニークな黒いパンがありました。一見パンに使うイメージがわかない素材でも、器用に使いこなす彼女のオリジナリティがありました。また、竹すみは腸に良いのだと王琳さんは教えてくれました。竹すみの他にも、かぼちゃ、青梗菜、昆布、ほうれん草など、パンに使用されている材料にはこだわりがありました。
「これはクロワッサン。普通のクロワッサンはサクサクしているけれど、私が作るクロワッサンはもちもちしているんです。」
王琳さんが大切にしているのは「体に優しいもの」。また、材料はできるだけオーガニックのものにこだわっています。作りたいパンから材料を選ぶのではなく、材料からパンに。「この材料でどんなパンが作れるのだろうか」とイメージしながらレシピを考えます。「かぼちゃを食べない子どもたちには、ペーストにしてフィリングにすれば、まるであんぱんのように甘くまろやかに仕上がるから子どもたちは喜んで食べるんです。」
王琳さんは、小麦粉はパンの命だと語ります。当初はさまざまな小麦粉を試してきましたが、北海道産の小麦粉が一番もっちりしていて美味しいのだそうです。外国産に比べると扱いが難しく、少し高価かもしれません。それでもおいしくて安心して食べるものを選びたいと王琳さんは語ります。
言問通りにある素敵なパン屋さんが誕生
言問通りにできた小さなパン屋さん。お店の前を開けると、小さな工房が見えます。パン棚にはいくつもの個性溢れたパンがありました。これは、中国で育ったからこそ生まれる発想なのでしょう。夫、家族、そして地域の人に支えられて言問茶屋がオープン。中国から来日した小さなパン屋さんが東京に誕生しました。
「お客さんは本当に優しい方ばかりです。私が夏休みでお店を1ヶ月休むと言えば、『冷凍するから。』といって、たくさん買いに来てくれるんです。雨の日はタクシーで足を運んでくれます。」
最初は夫のためにパンを焼いていた彼女は、お店をオープンし、多くの人のためにパンを焼くようになりました。時にはハードワークで苦労することもあるでしょう。それでも王琳さんは、地域の常連さんが「おいしい」と言ってくれることが喜びとなり、彼女の原動力となりました。
「パン屋は体力が必要。将来、いずれ体力がなくなるかもしれないと思うと、今はもう少しでも良い環境になるよう整備したいですね。ここは夏は暑く、冬は寒いものですから。」
中国から来日してできた言問茶屋、次はどんな物語が待っているのでしょうか。