ベーカリスタ:打込美穂さん

「パン屋 りあん」 打込美穂さん

温かな繋がりを生み出すベーカリー

2019年7月にオープンしたばかりにも関わらず、賑わいを見せる小さな手ごねパンのお店「りあん」。港にほど近い、石川県金沢市にある住宅街の一角で木・金・土の週3日営業しています。
コンテナの窓から、べーカリスタの打込美穂(うちこみ・みほ)さんが温かい笑顔で迎えてくれてほっこり。打込さんの手から生み出されるパンには、人と人とをつなぐ心地良いぬくもりを感じます。

店主の好きが詰まったこだわりパン

日替わりで約15種類のパンが並んでいる、りあん。木・金・土曜日の3日間、朝7時から営業しています。

りあんのパンにはすべて、奥能登珠洲(おくのとすず)で作られている「角花家のはま塩」が練り込まれています。

「普通、お塩って“しょっぱい”でしょ。だけどこのはま塩は“おいしい”の。りあんのパンはこの塩がないと作れなくて。パンに入れる塩はほんのちょっとなんだけど、そのほんのちょっとが欠かせない」

「角花家のはま塩」は、揚げ浜式塩田という自然環境の中で作られているため希少価値が高く、本来は購入できる分量が限られています。

そんな貴重な塩をパンに使うことができたのは、はま塩を製造している角花さんが、打込さんのご両親にお世話になったことがきっかけだったと言います。世は相持ちということで、塩を分けてもらえるようになり、現在に至るのだとか。

「ここに並んでいるパンは私の大好きなものだけ。自分の好きなものしかお店に置きたくなくて。自分の納得したものでないと、おいしくなるという感じがしないんです」

パンが大好きだからこそ、パンへの想いが人一倍強い打込さん。大好きな気持ちがこだわりとなり、りあんのおいしいパンが出来上がっていくのです。

人気商品は、生地にバターを入れ込み、はま塩のしょっぱさとあんこの甘みが絶妙に絡み合う「はま塩あんバターぱん」。

生地にバターを入れ込むという工程も、打込さん自身が固形バターが苦手なところから始まったのだとか。「自分の苦手なものは、お店に出さない」というポリシーもまた、打込さんの強い想いと追求心が伺えます。

パン作りという趣味のおかげで人生に彩りが

小さい頃からパンが大好きだった打込さんは、最初は食べる専門だったそう。

パンを作る世界に足を踏み入れたのは、パン教室を開いている友人から「パンが好きなら1度作ってみない?」と、誘われたことがきっかけでした。その中で、発酵の仕方や生地の休ませ方を学んでいき、自宅でもパンを焼くようになったと言います。

その後、また違う友人から「パン教室の体験に一緒に行かない?」と誘われ、今度は手ごねの仕方を学び、パン作りに必要な知識を徹底的に学んでいきました。

「実は私、ちょうどこのパン教室に通っていた頃に、夫を亡くしているんです。でも今はそんなに悲観していません。子供が結婚して孫が産まれたのも大きかったけど、私がこれだけ毎日元気でいられるのは大好きなパンがあったから。パンを作る楽しさが、悲しみの淵にいた私を救ってくれました」

そう語ってくれた打込さんの顔は、太陽のように輝いていました。

イベント出店がパン屋をオープンするきっかけに

「パン教室で学びながら、自己流でパンを焼いては友達に配っていました。そんな中、ハーブのお店を営んでいる友人に『私のお店でイベントをやらない?』と誘われて、イベントでパンを販売することになったんです」

自分が作ったパンをおいしいと言って、買ってくれる人がいることを知り、それが喜びへと変わっていきました。次第に「パン屋をオープンしたい」と思うように……。

しかし、どうやってパン屋をオープンさせたらいいかがわからず、自分のお店を構えるという一歩がなかなか踏み出せませんでした。

小さなコンテナハウスが紡ぐベーカリー

それが2019年に入った時に「今年は動く年になりそう! 今年中に絶対パン屋をオープンさせるぞ」と直感で思い、一念発起。

「パン屋さんをどうしてもオープンさせたくて。コンテナハウスだけれど、どうにかお店にできないかなって考えているとき……窓からお客様にパンをお渡ししたらどうかって言われて」

そんなコンテナハウスから生まれたりあんは、オープン初日から大行列だったそう。

「オープンを心に決めたときから、いろんな巡り合わせがあったんです。今知り合う? すごいな、こんなことある?ってびっくりすることが多くて。たくさんの方に助けてもらいました」

ご縁がご縁を生み、ここまでこれたという打込さん。大盛況でオープン初日を終えることができたのも、イベント出店のきっかけをくれた友人や、おいしいと言ってくれたお客さんのおかげだと言います。

大好きなパンに嫌気が差したことも

今は大好きなパンに囲まれて毎日幸せだと、にこにこ顔で仕事をされていますが、パン屋を始めたばかりの頃は、大好きなパンを嫌いになりそうになったことも。

もともと事務職のお仕事をしていた打込さんは、事務の仕事を正社員からパートへと変えてもらい、パン屋と両立することに決めました。

「2ヶ月だけ事務職とパン屋を両立していました。最初は両立できると思っていて……でも実際にダブルワークをしてみたら、睡眠時間がほとんど確保できなかったんです。

深夜からお昼まではパン屋の仕事。午後からは事務の仕事という日々が続き、睡眠時間は3時間を切っていて……体力的にも精神的にも辛くて、パンを嫌いになりかけていました」

「1人でパン屋を切り盛りしている以上、出せるパンの数にも限界があって。パンがなくなってお客さんにお届けできないことが、とても辛くてプレッシャーでした。追い詰められて楽しむ余裕がなくなっていたんですよね。

でも仕事を辞めてパン屋一本でやっていくと決めてからは、今自分ができる最大限のことに取り組もうと思えるようになりました」今は、毎日が良い刺激で溢れていると言います。

「やってみてわかることが多くて。お客さんから教えてもらうことも多いんです。日々勉強ですね」

パンと人との繋がりを大切に

「りあん」の由来は、繋がりを意味するフランス語から。

「パンとお店を通してお客さんと繋がっていきたい」という想いを込めて「りあん」と名付けたのだそうです。

平日は常連のお客さんも多く、近況報告や日常会話など、お客さんとのやりとりを楽しんでいるとのこと。取材にお邪魔した日も、「おはようございます」「ありがとうございます」「いってらっしゃい」「気をつけて」と、打込さんの温かく元気な掛け声が響いていました。

一人一人に丁寧に向き合うその姿と親しみやすさこそが、ファンを惹きつけてやまない理由なのかもしれません。

「パンがおいしかった。と言われるだけですごく嬉しいです。中には私の体調を心配してくれたり、頑張ってねと言ってもらえたり。一言一言がすごく励みになります」

普段の生活の中では出会わなかったであろう年代の方や近所の方との繋がりが、りあんを通して生まれていました。

憧れのパン屋へ近づくも、まだ気恥しさが

ベイクマを知ったきっかけは「こなkona工房」さんのインタビュー記事。

「前からずっとこなkona工房さんのインスタグラムをフォローしていて。とても素敵だなって、憧れていました。そのこなkona工房さんが、ベイクマのインタビューを受けていて。そこからベイクマを知りました」

ベイクマでは「ふすま」と呼ばれる小麦の皮の部分や、小麦粉を購入しているとのこと。

「ベイクマの担当者さんは、すごく話しやすくて。昔からの友達みたいに気軽に相談できるからとても助かっています。新しいパン作りに挑戦したいと相談したら、サンプルもいろいろ送ってくれるんです」

しかし、担当者から今回の取材の話が来た時、一度断ってしまったのだとか。

「こなkona工房さんの取材記事を見た後だったから。憧れの方と肩を並べるなんておこがましいと思って。自分が取材される立場だなんて……落ち込むというか恐縮してしまい、本当に自信がなくて……」と、申し訳なさそうに理由を教えてくれた打込さん。

「その中でも取材を受けると決めたのは、担当の方が背中を押してくれたから。これもご縁だと思って……。これを糧に、少しでも憧れの人に近づけるように頑張ろうって思いました」

その謙虚さは、まだスタートしたばかり故の自信のなさの現れなのでしょうか。それでも新たなご縁を生み出し、人とパンを繋げていくりあんの魅力は、謙虚な姿勢の先にあるのかもしれません。

挑戦と輝きに満ちた、第2の人生の幕開け

打込さんの今後の目標は、古民家カフェを開くこと。大好きなパンを焼きながら、お客さんとゆっくり話せる場所を持つことが夢なのだとか。

「私は常に目標がないとダメなんです。ここで終わりじゃなくて、目標があると頑張れる。生きる糧になる」そう言った打込さんの表情はパワーと輝きに満ちていました。

「これからも日々を充実させるというか。とにかくー日ー日、一瞬一瞬を生き切ろうと思っています」

打込さん、そしてりあんの新たな挑戦はまだまだ始まったばかりです。

(文・写真 土屋香奈)

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