ベーカリスタ:池宮城幸子さん

「天然酵母パン糀幸」 池宮城幸子さん

いつもの味をいつまでも。地元と歩むパン屋さん

埼玉県武里(たけさと)の住宅エリアに佇む「天然酵母パン糀幸(はなさち)」。ベーカリスタの池宮城幸子(いけみやぎ・さちこ)さんがひとつひとつ丁寧に作るパンはやわらかく、かむほどに甘みが広がります。
2012年に夢だったパン屋さんをスタート。自分と同じく子育て中だったママ友さんやお客様との繋がり、そして自分のペースを大切にしつつ、今日も自慢のパンが店内いっぱいに並びます。

白とベージュ、植木鉢に囲まれた町のパン屋さん

住宅が集まる武里駅周辺。それぞれの敷地ではユリやアジサイなど季節の草花が顔を出し、どこからか風鈴の音色も聞こえてきます。駅から道沿いに歩いて5分ほど。ゆったりとした時間の流れるご近所さんに囲まれた「天然酵母パン糀幸(はなさち)」に到着です。

部屋いっぱいに焼き立ての香りが広がる30種類以上のパン

ガラス扉越しにでも色とりどりのまばゆいパンが目に入り、扉を引く手にも力が入ります。

パンの種類は30種類ほど。
ベーカリスタの池宮城幸子さんがその日未明から作り始めたパンが並びます。

きんぴら、よもぎ、梅ジャム、あんこ。
自分がおいしいと感じたパンには和風の要素が含まれていたことから、日本人になじみの深い食材をつかったパンが中心ですが、デニッシュやスコーンなども人気です。

多くのパンがぷっくりとした福々しい見た目が印象的で、それはご近所に住むお子さんからご年配の方まで、みんなが食べやすいようにという想いから。

人気の食パンは1斤で販売し、食べる人のリクエストに応じてカットも承ります。
「お客様の好みもさまざまで、薄い8枚切りを希望される方もいれば、厚切り3枚が好きな方もいらっしゃいます。おうちで切り分けるのも大変なので、なるべくお店で出来ることはやっていきたいなって」と、穏やかに池宮城さんが話し始めます。

子供の頃から親しんだパンや菓子作り

小学校の頃からお姉さんと一緒にパンやお菓子作りをしていた池宮城さん。
「5つ上の姉がいて、お手伝いをしていました。といっても混ぜたりする楽しそうなところはお姉ちゃんがやって、私は片づけ専門だったんですけど」と、はにかみ笑い。

中学や高校時代も本を見ながらパウンドケーキを作ったり、バレンタインデーでお菓子を作ったりと、自身の成長とともに熱中していきます。そして、栄養士の免許を取得するために短大へと進みます。

「でも、実は栄養士になりたかったのは高校時代の陸上部がきっかけなんです」

予想外の告白に、いたずらっ子のような笑みを返す池宮城さん。
「全国大会レベルの強豪校だったので、食事制限や自己管理が厳しくて…。試合前には炭水化物でエネルギー補給したり、筋肉をつけるためにたんぱく質を摂ったり。食べものによって身体が変わることに興味をもつようになりました」

短大卒業後はハウス食品に就職。レストラン向けメニューの開発に携わります。お客様のもとに足を運び、そこで料理が作られ、販売される様子に憧れを抱きます。
その頃、子供時代から好きだったパンについて本格的に学ぶべく、仕事後にパン教室へ通い始めました。3~4年通ったパン教室はビジネスコースなどのクラスも充実していて、中には田舎でパン屋さんを開く夢を持った人たちもいたのだとか。

周りと反して、その時の池宮城さんはお店を持つことは考えていませんでしたが、偶然か運命か、ご実家に隣接した住居を購入したことで未来が変わり始めます。クリーニング代行店を兼ねていた離れがあり、なんとその空間はパン屋さんにもぴったりだったのです。

いよいよ始まった開業への道

今の家に移り住んだ頃は、お子さんが生まれたばかりで育児の毎日だったそう。その後、お子さんが幼稚園に通い始めるタイミングで、いよいよ本格的にベーカリスタとしての活動が動き出します。

「近所にパン屋さんが全然なくて…町に1軒あったらいいなって思ったんです。あと、パン屋を開くとなると朝も早く不規則になるので家でやりたいと思っていました」

この頃、地元の子育て支援団体が主催する集まりにも参加していた池宮城さん。同世代の子どもを連れてくるママ友さんとも仲良くなり、試作品のパンの感想を聞くこともしばしば。開業に迷いつつもママ友さんからも背中を押してもらい、2012年に「天然酵母パン糀幸」がオープンします。

パンを作る材料では、“ホシノ天然酵母”を使いたいと強く決めていた池宮城さん。
「ホシノの天然酵母で作ったパンがとにかく美味しかったんです。お砂糖が少ないのにすごく甘みがあって、国産の小麦粉との相性も良かったんです」

ホシノ天然酵母はお米を発酵させた麹(こうじ)で作られます。お店の名前も、そのイメージに繋がるよう“糀”を選び、ご自身のお名前“幸”と組み合わせました。お客様からも名前の由来を聞かれることが多く、おしゃべりのきっかけにもなるのだとか。

新鮮な素材にこだわって、小麦粉も国産を使用。他にも自家製ぶどう酵母を使ったパンは、ほのかにぶどうが香り立ち、食べ応えも十分です。

開業から現在まで営業日は変わらず、火・木・土の週3回。
営業日以外も仕込みのため、店奥の工房に立ちます。「まずは続けることを大切にしたいと思い、無理のないペースで始めようと思いました」と、語る池宮城さんからは確固たる決意が感じられます。

オープン当初はパン作りだけでなく、自分でチラシを配るなど奔走の毎日でした。
ママ友さんが多かったことから、子どもも安心して食べられるパンとして勧めていた“糀幸パン”は、今も変わらずある看板メニュー。愛くるしい小鳥がトレードマークで、プレーン、かぼちゃ、ほうれん草の3種類です。

3年目で気付いた「続けるために大切なこと」

その後、ママ友さんやご近所の口コミでお客様が増え始め、最初の目標だった3年目を迎えます。

「お客様が定着してきたのと同時にマンネリ化もしてきたので、パン以外にラスクなどの焼き菓子をたくさん作るなど目新しいことや変わったことをしてみたのですが、ちょっと無理もしていた時期でした」

「その時に自分が一番元気じゃないといけないと気付いて、そこからは無理をしないようにしています」

無理はしない。だけど、できることをやっていこうと考え始めた池宮城さん。パンの個数や種類は増やさず、代わりに営業時間に来られないお客様のために閉店後に取り置きしたパンを受け渡すことも。「自宅だからできるんですよ」と軽く言いますが、実践するのは容易ではないはずです。

池宮城さんのお店には家族連れはもちろん、毎週決まった日に同じパンを選ぶご年配の方、そして仕事帰りに駆け込むサラリーマンなど、年齢や性別に関係なくご近所に住む人たちが訪れるそう。それは、池宮城さんが誰に対しても分け隔てなく接する様子を見て、納得です。

そして、その姿勢はパン作りにも。
「パン教室に通っている時、心が乱れるとパンも乱れると教わって、実際にそうだなぁと思いました。集中すると形が揃ったり、違うことを考えていると形が悪かったり。気温にも左右されますが、なるべく同じものを作っていきたいという気持ちです」

変わらないパンを作ることで、毎日食べてもらえるように。ご近所さんを意識したパン作りは、オープン当初から続けている定番メニューの多さからも伺えます。

“いつもある”当たり前の嬉しさに出会える場所

最近はお客様の紹介で隣町のマルシェに出店したり、ママ友さんの力を借りてインスタグラムでお店の情報をアップしたりと、少しずつ新しいことにも取り組んでいます。

インスタグラムにホシノ天然酵母のことを載せたら、社長さん自らお店に訪れ、会報誌に掲載されるという嬉しいハプニングも体験。店内にはお客様がパン屋さんをイメージして作ったという粘土細工のパン屋さんも飾られていて、あたたかなお店の雰囲気にピッタリです。

「パンがもっと日常食になるように米粉や玄米のパンを作ってみたい」と、将来の夢を語ります。小麦粉と違ってふわっと作れないので試行錯誤の毎日とのことですが、その先にはお子さんからご年配まで食べられる、池宮城さんが目指すパンの柔らかさがありそうです。

お店を続けること、変わらない味であることを大切にしている「天然酵母パン糀幸」。今日も自分のお気に入りのパンを求めに、ご近所さんがふらりと訪れます。

(文・写真 浅井みらの)

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